2013年12月01日

ライブハウスって音悪いね。

ライブハウスって音悪いね、って思えるくらい悪いライブハウスがいくつかある気がしてます。音楽はやっぱり生、そして生の音は最高なんて思ってる人、いるとおもいますが、その環境によっては結構劣悪なんじゃないかなぁ。自分が演奏してきた、わりと音量が大きい系のライブハウスの音ってホント悪いよね。まず、先月くらいに見に行った爆音で有名な都内有名ライブハウス、キャパは200人くらいかな。友人のバンドのいくつか前から観てたんだけど、まぁ、演奏してる音楽もしょうもなかったけど、音が劣悪すぎて聴くに堪えないw。とにかく演奏の良し悪しは別にして何かしら自分たちのやってる音楽を伝えようとしてると思うんだけど、そもそもライブハウスのPAやライブハウスの環境を作ってる人は、そのことを考えてるのか?って思うくらい、音楽性を全く考えてないかのような強烈な爆音でただ垂れ流してるPA。救いようがない。目当ての友人のバンドもよく知ってる音楽だから、音の酷さがよく分かる。友人なのでかなり贔屓目に聴いて、新曲がどんなだか想像し、一応楽しんだけど・・・。その後に出てきたバンドたちもまず、無駄に音がデカくされてしまってて、客として観てる側はほとんど拷問だと思う。確かに、その後に出たバンドのいくつかは、面白そうな音楽をやっていた。でも音がでかすぎて、聴いてるのがつらい・・・たぶん、演奏者の問題ではないと思う。というか、そのハコに出ることを決めた演奏者のせいでもあるけど、とにかく、音楽を聴く環境ではないし、そんなのがライブだと思われてたら、ライブファンなんてほんと数限られた変な趣味の人達に限定されるんだろうなぁと思う。

実際私もよく音のでかい系のライブハウスに出るんだけど、さっきの例とは別の都内の有名な爆音のライブハウスいくつか・・・。昔はその環境が文化を作ると思ってたから、大音量に耐えてたし、お客さんがいやがってもしょうがないと思ってた。でも、今となっては、音楽を演奏したいし、音楽を楽しんでもらいたい、なのにライブハウスの環境は極悪だなぁと思う。とにかく音が酷い。でも、すごいなと思うのは、私が極悪だと思ってるライブハウス(・・・7件くらい?)でも上手く音をだしてるバンドも、たまにいる。バンドがわかってれば対処のしようもあるのかもしれない。あと、音楽による部分は大きいと思う。たとえば、ギターが1本ならまだ音がちゃんと分離できるけど2本になるともうどうにもならなくなってしまうライブハウスとか、ベースのローが出てるとどうにもならなくなってしまうライブハウスとか、ドラマーがパワーヒッターじゃないとどうにもならなくなってしまうライブハウスとか。だから、ドラマーがパワーヒッターで、ベースが軽くてギターが一人のバンドならいい音がするライブハウス・・・とかね。

音のでかいバンドの場合、ステージが狭いと全くどうにもならない。アンプのチョイスがよければ救われることもあるのだろうけど、だめだともうどうにもならない。モニターから音を返しだしたりすると、もう救いようがなくなる。楽器の音量とスペースの関係ってとても重要なことだと思うけど、ライブハウスは良い環境が作りづらい・・・。

まぁ、グダグダ書き始めてしまったけど、ようは自分がドラムを叩いてる奇形児に関してなんですが、ハッキリ言ってどこのライブハウスでもやりづらい。ハードコアとかパンクなんだから贅沢を言っちゃいけないのだろうか?対バン形式だから文句言えないのだろうか?まぁ、実際文句言ってないんですけどwちなみに、音だけの問題じゃない。楽屋が嫌いだったり環境が嫌いな面も大きい。でも、それは我慢するしか無いかもしれないとも思ってる。でも音に関して、改善する気はライブハウスには無いのだろうか?ドラムやシンバル、PAやモニター、ギター・アンプ、ベースアンプなど、工夫がされてると思ったことが無い。まぁ、普段奇形児が出てるライブハウスは、音なんて関係ない、みたいなスタンスの場所かもしれないし、聴きに来る人も音なんて関係ない、とか、出演者も9割が音なんて関係ないって思ってるようなところなのかもしれないね。

ちなみに、こういう事思うのは、基本的にドラムの時ばかりで、ベースの時はあまり困ることがない。あってもツアー中、つまり東京じゃない時に、このベースアンプじゃ・・・どうにもならない・・・ってことがたまにある程度。ドラムはホントひどい・・・ツアー中とか「このドラムじゃもうライブやる気なくなった・・・」とか、普通にあるし。

結局、自分は今まで所謂パンク系のライブハウスに出るようなバンドと関わり続けてきたけど、パンク系のライブハウスが性に合わないってことなんだよね。でも、それって、パンク系だからどうでもいいって問題じゃないと思うんだけど。たとえばトイレがメチャメチャ汚くて臭いとかさ。これもパンクの人たちは気にならないのかな?
タグ:奇形児
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2013年11月29日

ジムのツアー

そんなわけで、ツアーから帰って来ました。そんなわけで、ツアーであった色々をブログらしい日記にしていこうと思います。
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あまり写真を撮ってないので、この写真だけ紹介します。これは初日の同志社大学の学園祭(?)のステージなのですが、ドラムのライザーが高すぎで笑えました。ドラマーだけ別の世界で演奏してるみたいでした。しかも終わってみたら、どうやらライザーを使ったのウチらだけみたいで・・・なんのためのライザー?達久くんはやはり目立つ星の下に生まれたドラマーです。

京都で時間もたっぷりあったので、蕎麦食べに行って、パンケーキ食べに行って・・・と食べ過ぎたので、健康のために京都御苑を散歩しました。次の日は四日市フレデリカで、おいしい食事を食べ過ぎました。次の日もフレデリカで食事してから静岡に行き、うまいラーメン食べて、帰りにカレーうどん食べました。というツアーでした。

食べ物のことばかり書いてしまいましたが、演奏も楽しいツアーでした。同志社は外だったのでメチャメチャ寒かったけど。

あと、四日市のライブから私と達久くんの音源を会場で販売始めました。早速買ってくれた皆さん、ありがとうございます。詳しくは次のブログで・・・
タグ:Jim O'rourke
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2013年11月18日

MSN外伝マヒマヒ編その2

MSNがまた来月、12/17にネストにてライブが決まりました!詳細は追ってお知らせしますが、とりあえずこれを記念して(?)マヒマヒによるMSN外伝その2をアップします。その1はこちらになります。ちなみに、私が書いたMSN物語も過去に5回分あります。ではでは、ここからはマヒさんによる、外伝その2。

※※※※※※※※※※

さて、本題にいく前に。
前回っていうか7月22日の月曜日、すでに約4ヶ月前の話になりますが、渋谷o-nestで行われました3年4ヶ月ぶり & 新メンバーお披露目ライブ、ご覧になってくださった皆さまありがとうございました。新メンバーの坂口みつひっちゃん、評判は上々どころか圧倒的な演奏でmsnメンバーも含めた聴き手のド肝を抜いてくれたんですが、楽屋のソファーで昼寝してる間に財布がポケットからこぼれてたことに気づかないままチキンカツを食べにいってしまうという、まぁそういう言わばmsnのメンバーらしい一面も兼ね備えた、頼もしい新メンバーなわけですね。今んとこ「坂口以前」の曲を彼にがんばってコピーしてもらってる状態なんですが、今後「坂口以降」の曲をバンバン作っていく予定ですんで、乞うご期待です。あ、彼が落とした財布はmsnベーシスト・ヒロユキさんに拾われ、無傷でみつひっちゃんの元に帰っていったので心配ご無用です。

そしておかげさまで、今年2回目というか復活ライブ第2弾というか2013年最後のライブというか、とにかくライブが決定いたしました。そしてそして、そのライブまで1ヶ月を切ったというわけで、この雑文も復活というわけです。

はい、んなわけでお待たせしました「MSN外伝マヒマヒ編」です。と、その前に。前回の「その日、すどうさんは何を演奏してたんやったっけ?」っていう質問に対するすどうさんからの回答は「いやいや、覚えてないんですw」でした。
そりゃそうやわな。そこだけ覚えてたら逆にビックEです、じゃなくてビックリです。

前回、後にバンドを組むことになるサックス吹きと初・対バンをしながらも一言も会話を交わすこともなく東京に帰っていってしまったスドウ & ノリヤなわけですが、マヒマヒ, スドウが初会話を果たす機会は意外にも早く訪れます。それが「スドウ編その2」と「マヒマヒ編その1」に登場した「カウンタックス」ですね。「ビックE」のヴォーカル/リーダーの江川貞治さんがフレットレスベースをそれは自由に弾いていたバンドで、江川さんが自由すぎてツインベースバンドになった、という逸話があったそんなカウンタックスなんですが。
そのカウンタックスと、ここでまたもや登場する僕が参加してたノイズバンド「魔寺」が大阪で対バンすることになり、カウンタックスのヘルプドラマーとしてすどうさんが来阪することになってたわけです。またまたフライヤーには「MELT-BANANAのドラマーがヘルプで参加する予定」って書いてあったような気がします(笑)

今度はすどうさんのパートがドラムやったから分かりやすかったですね(笑)あとまぁ、一応会うのは2回目なんで、わりと気軽に話しかけた覚えがあります。さすがの僕も最初に何の話をしたかまでは覚えてないんですが。ただ「今日はアンチョコを見ながらライブするんでメガネをかけたままドラムを叩くんですが、慣れてなくて〜…」なんて会話を交わしたことは何故かはっきりと覚えてます。あとは「スドウ編その2」にもありましたが、今度は彼も打ち上げに参加してて向かい合って座ってあれやこれやと…さすがの僕も何を話したかまでは覚えてないんですが(笑)なんとなく、お互いが参加してたバンドのメンバーと、それぞれ違う何かの話で盛り上がってて、打ち上げ終盤まであんまり話をしてなかったような気もします。どっちやったっけな〜…?

んでその後、すどうさんが「スドウ編その2」で書いてくれたんで省きますが、よく東京にツアーしてた僕が主宰してたバンドや参加してたバンドが3つほどありまして、ビックEの江川さん宅にご厄介になりながら、江川さんのレンタルビデオ店の閉店時間まですどうさんやビックE周辺に居た子たちが遊んでくれてたんですね。そうそう、MELT-BANANA以降にすどうさんと知り合った人には信じられない話かもしれませんが、当時のすどうさんはMELT-BANANAの活動がある日以外はけっこう時間がある人やったんです。

そして、そんなこんなで東京に行ってはすどうさんと遊んでた時が続き、…彼はMELT-BANANAで海外ツアーにしょっちゅう行ってたんでそうでもない日も続き(笑)、彼の口から我々のターニングポイントになる一言が発せられます。

「今度、MELT-BANANAでジョン・ゾーンズ・コブラを演ることになったんですよねぇ…」

この一言から初共演→バンド結成までどーっと傾れこんでいきます。
「友達」から「運命共同体」に変わる瞬間なんかな?
いや、多分お互いそんなに大げさに考えてないな(笑)
それはともかく、どんな感じに「メンバー」という関係に傾れこんでいくのかというと…文字数がそろそろ2000文字になりそうなんで、次回にってことにしますね(笑)

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というわけで、まだ続きます。そういえば、ベースの鈴木さんも面白いストーリーを持ってるのですが、なかなか書いてくれませんねぇ。
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2013年11月17日

ブログ書いてるって言っちゃったもので。

昨日は前野健太デビュー6周年ライブ!なんとも楽しいライブでした。オープンからスタートまでのあいだ、前野くんの新曲「ねぇ、タクシー」のカラオケ大会(協力:DAM 第一興商)で、大盛り上がり!大久保(DAVID BOWIE)くんや達久くん、最後にはジムまで熱唱wもうライブ観たくらい楽しめた。そして、参加したお客さんの歌も、大盛り上がり。なんせ新曲だし、殆どの人はメロディがうろ覚え・・・そして、それなりに一生懸命歌ってるのが、素晴らしかったw

あ、それでライブ中、前野くんにMCで「須藤さんブログやってます?」ってふられたので、思わずやってますと言っちゃったので、更新しようかなぁと思ったわけです。まぁ、ブログネタはあるっちゃあるんでね。昨日のライブも盛り沢山だったわけだし。

まず、リハーサル風景。
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前野くんは偉そうに皆が演奏してるのをチェックしてるのではなく、客席一つ一つに順番に座って、座り心地を確認してるんです。冗談じゃなく・・・座り心地の悪い椅子はスタッフに言って変えてもらってるわけです。なんてお客さん思いのアーティスト!と思いつつも、ライブ始まってしばらくすると、皆を煽って結局スタンディングと化すのですが。

レコ初のリキッドルーム、フジロック、そしてこの6周年という流れのライブで、ソープランダーズはフェンダーさんにアンプをお借りしてます。前回フジロックの時、アンプが小さすぎてモニター難しかった(というか会場が広すぎたというか・・・)ので、今回はもっとでかいアンプをお借りしました。そのアンプがこちら。
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前回と似た感じのルックスで・・・ちょっと不安になったんだけど・・・実際音を出してみたら・・・ほとんど出ない・・・??仕方ないので、どこがトラブルかケーブルを抜きながらチェックしていったら、なんとこの手前のDIが接触悪かったでした。しかし、DIがBOSS・・・普通にCOUNTRYMAN Type-85が私は好きなのですが、前野くんのアコギに取られてしまった!なんと!一個しかないのか!まぁ、それはいいとして、DIの接触で音はちゃんと出るよ言うになり、しっかりボリュームもあり、一安心・・・でも、しばらくしたら低音の爆音でバリバリバリ・・・!と皆を不安にさせるノイズ・・・すぐにおさまり、普通に使えました。こちらは原因不明・・・でも本番は全く問題なく使えました。フェンダーさんありがとうございます。で、このアンプ、Fender TB-1200、調べてみたら生産終了じゃないですか・・・音はちょっと独特な気がしましたが、いい感じのアンプでした。問題はルックスじゃないかなぁ・・・全く私の好みではないんだけど、世の中ではコレが良いとされてるデザインなのだろうか?

さて、そんな失礼なことを言ってる場合ではなく、ライブの前に撮ったもう1枚の写真。
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昨日はポケットに手を突っ込んでみたら、この三種類のピックが入ってました。で、ツイッターで「3種類使う」と書いてみたものの、やはり緑しか使わない・・・で、ポケットに手を突っ込んで緑が出てくる確率は3分の1・・・と、まぁ、危険なので、ピックは譜面台に置きました。

そんなわけで、あとは打ち上げの写真とかになってしまうので、おいといて、ライブは特にトラブルもなく、お客さんも沢山来てくれてて、良い感じでした。もう今年最後のソープランダーズだったんだね。

あ、トラブルといえば、数日前に「もう死んだ人たち」のリハーサルをしたときに、波多野さんが間違えて石橋さんのKORGのキーボードの電源アダプターを持って帰ってしまってて、サウンドチェックの時に焦った!9Vだけど、センターマイナス、しかも普通のサイズではない・・・この場合USBとかで給電できるのだろうか?・・・とか考えてたら、普通に電池が使えました。そして本番前には波多野さんがアダプター持ってきてくれたので、問題なしでした。

そんなわけで、来月は前野くんの5枚目も発売!一個前の書き込みをしてた時、アマゾンのリンクにタイトルもジャケも出なかったのに、今は出るようになってる!これまた聴くのが楽しみなアルバムです。(まだ持ってない)
タグ:前野健太
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2013年10月02日

お話があるのです

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この画像にピンとくる人は、私と同じ時代を20000V で過ごした人なんじゃないでしょか。いや、違うかな?私がライブハウス、高円寺20000Vによく出てた頃、受付の近くにやたらこういうカラーコピーのフライヤーが貼ってありました。たぶん90年代後半。そして、そのフライヤーがナスカ・カーのフライヤーなわけです。私がナスカ・カーを知ったのはこのフライヤーがきっかけではなかった気もするのですが。初めてライブを見たのはたぶん大阪十三のファンダンゴ。そのころ知り合いだったかどうか覚えてないけど、SPASMOMのやっさんがボーカルの変なユニットでした。その後、またファンダンゴで見た気がするのですが、その時はドラムにSPASMOMのヨシヨシさんが参加してました。当時の私はその音楽性とよくわからないテンションにとても興味をもち、とても好きなバンドでした。たぶんその頃からリーダーの中屋さんとも知り合いになってたと思います。そして、東京では、この手のフライヤーが20000Vに沢山貼ってあり、私はそれらのファンでもあり、中屋さんに連絡をしてフライヤーのコピーを沢山送ってもらいました。今でも実家にあるはずです。

それから、しばらくたち、21世紀になり、私は松江(潤)さんとバンドをちょこちょことやり始めた時、松江さんが新生ナスカ・カーのメンバーであることを知り、衝撃を受け、それから間も無くして中屋さんにメンバーにしてもらいました。その時はちょうどナスカ・カーの3rdアルバムがリリースされた頃で、中屋さん、松江さん、現americoの西岡由美子さんのトリオだったんですが、中屋さん以外東京在住という状態だったのですが、私もメンバーに入れてもらい、さらに東京率が高いバンドになりました。そのメンバーでライブをやったかどうかよくは覚えてないのですが、松江さんが抜けた気もしますが、西岡さん、私、中屋さん、そんな感じで活動をした時期もありました。

その後確か西岡さんもバンドをやめ、私と中屋さん2人でJOJO広重トリビュートのオムニバスに参加したと思います。その後は、中屋さんはバンドを大阪で立て直し、東京に来た時だけ私と、その後加入したスズキジュンゾ君が参加したりでライブをしたことがあった気がします。その頃の大阪のメンバーもその後脱退して、今現在は私が会ったことも無い新しいメンバーと大阪で活動してます。



そのナスカ・カーがなんと10年ぶりくらいに新作を出します!
大阪の若き女性リズム隊(しかもツインドラム)を率いる中屋さんと東京にいる私とジュンゾ君によるナスカ・カーの「最新録音盤」!私もかなり参加してます。といいつつも、私は元々ドラムかベースだったんですが、いつの間にか強力な大阪リズム隊がいるので、私はダビングで結構ギターを弾いたりしてます。ジュンゾ君もモチロンギターで参加してるし、なんとゲストに松江さんもギターで参加してます。そして、ゲストには他にもホカダナオミさん、そしてMSNのマヒマヒにも参加してもらいました。

そんなわけで全17曲!半分以上私参加してます。ギターとかドラムとかベースとかピアノとか。
語りだしたら止まらない気もするので、今日のところはこの情報だけ。あ、10月9日発売です!
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2013年08月20日

人に言いたいことを書くブログ。

8/6にツイッターで書いたことですが、


この曲が最近好きで聴いてたら、そのときなんとなく借りた映画(DVD)の中で使われてました。こういう偶然、私にはよく起こるんですが、まぁ、聴く音楽のジャンルが狭くて、見る映画のジャンルも狭いのでよく起こるんだろうとは思います。ちなみに、この手の映画は大好きです。出来の善し悪し関係なく好きです。といっても映画館に観に行ってるわけではなく、100円でレンタルして観てるので満足です。

ところで、こういう偶然って、一人で「おぉぉ!」ってなるんですが、まぁ、人に言いたくなるわけです。でもまぁ、人に言っても、全く面白くもなんともない話なんで、しょうがなくブログに書いてしまうわけです。その程度のブログってことです。ところで、また自分一人で「おぉぉ!」ってなったことがあったので、書きます。ホント申し訳ないけど、面白くもなんともない話です。

高校生の時、いつも一人で声にだしてレゲエを歌ってる友人がいました。彼は学校でだけではなく電車の中でも声だして歌ったりするので、たまに恥ずかしい思いをしました。でも、歌がうまい彼が高校生の時歌ってた歌は、今になって急に懐かしくなり、YouTubeでオリジナルを探したりして聴いたりしてます。彼が歌ってただけで、曲名も歌手(?)もかなりうろ覚えだったんですが、見つかりました。

懐かしいだけでなく、超いい曲ですね・・・なんて思ってる今日このごろですが、また、彼が歌ってた歌を思い出しました。

なんちゅう渋い歌を歌う高校生だったんだ!と言うのもありますが、ふとこの曲を思い出し、「ところでredemptionってなんだろ?」って思い、辞書で(うそ、ネットで)調べてたんですが、あまり日本語訳として分かりやすい言葉がありませんでした。まぁ、なんとなくはわかるけど。


さて、ここで、また偶然、というか、何の気なしにレンタルDVDで昔観て面白かったこの映画「ショーシャンクの空に」を借りてきました。そして、観終わってから気づいたんですが、この映画の原題、"SHAWSHANK REDEMPTION"ですよ!redemptionキタ!っていうか、redemptionって「の空に」って意味なのか!ってことですか。まぁ、日本語でのニュアンスがわかりづらいから「の空に」にしたんでしょうね。さて、この映画は2度めに観ると印象違いますね。オチが分かってるし。あと頭のなかで、だいぶ後に見た海外ドラマと話がゴッチャになる。って話は置いておいて、この時ついでに、観たことない有名そうな映画「ザ・ビーチ」って言うのも借りてきました。ダニー・ボイル監督のことはよくわからないんだけど、最近色々みてるので、ついでに観ておこうかな・・・くらいの感じで。そしたら・・・また偶然、劇中で"Redemption Song"が歌われてるじゃないですか。イントロ聴いた時にはビックリした!あぁ・・・この凄い偶然誰かに話したいwと、一人思ってたわけでした。あー、書けてスッキリ。


ちなみに、この映画、「なかなか面白いけど音楽がダサいなぁ・・・時代だなぁ・・・」とか思いながら観てたんですが、1時間を過ぎたあたりで「あ、これ・・・観たことある」って気づきました。こういうことも、私には凄くよくあります。
タグ:映画
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2013年08月09日

20年前のライブ

今日は殺害サミットに奇形児のドラマーとして出演してきました。今日の出演者は30年くらい(ちかく?)前から活動してるような方々でした。THE SADIST、餓鬼道、恐悪狂人団、そして奇形児。実際私は、当時は全く知らなかったわけですが、それは私がその世界に疎いだけで、音楽に詳しい人なら当然知ってる存在なわけです。実際、奇形児のキーボドのプロレタ(リアート本間)さんは私と同じ世代なのに詳しく知ってるわけですから。私は90年代初頭から演奏をしてて、それ以降いろんな人と知り合えてるわけですが、実際THE SADISTの山崎マゾさんや恐悪狂人団でギターを弾いてた須原敬三さんといった大御所とも90年代なかば以降ご一緒(対バンですね)させてもらえる事があったり、餓鬼道で今ギターを弾いてる森本さんも、たまたま先月知り合いになれたりとかしてるわけです。そして奇形児にはメンバーとして参加させてもらってるし。まぁ、なんとなく完全な後追いですが、日本の80年代のインディーズ・シーンを少しは知れたり関わりが持てたりしてることにはとても感謝してます。

さて、これらの知り合いの他にも、今日はex奇形児、exハイテクノロジー・スーサイドのツージーさんにも会えたし、プロレタさんに社長(THE CRAZY SKB)も紹介してもらいました。怖い人なのどうなのか、恐ろしいメイクでよくわからなかったのですが・・・。でも光栄です。あと今日は殺害サミットの先輩でもあるexモッシュルームのマヒマヒも見に来てくれました。マヒマヒも殺害サミットなんて10年以上ぶりと思われますが、社長やプロレタさんはマヒマヒのことを覚えてたみたいでした。

で、タイトルと関係ないことをずっと書いてるようですが、実は今日あった人の中で一番驚いたのは、別の人なんです。帰る間際にこれもプロレタさんのお陰で判明したんですが、20年前よく対バンさせてもらってた、あの!(って知り合いには言いたい!)ラパンナジールの!!!あれ?本名書いていいのかなぁ?芸名があったかなぁ・・・とちょっと不安なので、ラパンナさん!全く気づかなかったんだけど、知ったときはメチャメチャ感激しました。ほんと長くやってると、こんな、ほぼ20年ぶりに対バンできることなんてあるんだなぁ・・・と。

そうそう、私がライブを始めた頃ってのはほぼ20年前、1993年で言うと、その間私はMELT-BANANAってバンドでドラムを叩いてただけなんだけど、(当然)高円寺20000Vとかで色々なバンドと対バンしてました。きりひと(KIRIHITO)、EXIT(ハケルダマ)、ラパンナジール、ラッパーズ(ビックE)、HEAD CASE、ガジ、Korean Budhist God、THE TEXAS CHAINSAW、FAITH OF BLIND、ブッチャ−& ボンドヅ、KK NULL、AVALANCH、マスタード・マスターベーション、スペース・ストリーキングス、非常階段、MEXCO、電動プリン、M.O.I、ビデカズ・・・たぶんこのへんが知り合いだったり、知り合いだった人だったりでした。で、実は今でも会う人が結構いるわけです。POP鈴木さんとかASE君とか、ヨシノトランスさんとか・・・。そういう意味で当時よく会ってたのに、この時期以降まったくどうしてるかわからなかったのがラパンナジールだったわけです。そのボーカルの「ラパンナさん」と、まさか20年後に殺害サミットで再会できるとは!!今はベースを弾いてましたが、やはりラパンナ以降、音楽のジャンルも変わったりしながら、活動をし続けてたようです。ほんと凄いね、プロレタさん教えてくれてありがとうございます!気づかずに終わっちゃってたら、なんて勿体無かったんだろう、と思う。たぶん、そういうことって沢山あると思うんだけどね。

最後に私にとっての記念写真、殺害ロゴの前で演奏する私。撮影:マヒマヒ
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タグ:奇形児
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2013年08月02日

CLIQUETPARの話

7月の初めころ、山本達久くんと飲んでる時、なぜかCLIQUETPARの話をした。タイのミュージシャンで2000年代半ばにSOI MUSICというイベントがらみでちょくちょく日本に来ていて、スズエリさんを通じて紹介してもらい、3人で一緒にライブをしたりしてた。その時にCLIQUETPARと一緒にやったライブなどをYouTubeで検索したけど、さすがにアップされてなかった。でも一緒に音源(CDR)作ったり、私もタイに呼んでもらって一緒にライブしたりもしてた。でも、なんでかそれ以降連絡をしてない・・・なんでだろう?でも、YouTubeの検索で2,3年くらい前と思われる動画が出てきた。「バン君(CLIQUETPAR)生きててよかった〜!」と、そんな話をしてたのですが。

2、3日前に達久くんからメールが来た。「CLIQUETPARが日本に来ますよ!サマソニでますよ!」って。ハッキリ言ってメチャメチャびっくりした!タイミング良すぎwそして、達久くんも、よく覚えててくれた&発見してくれた!で、自分でも調べたけど、確かに日本に来るみたいだ!8/9に月見ル君想フでオオルタイチなどと並んで「月見ル君とアジアンディスコナイト☆「let it die」」ってイベントに名前が書いてあるし、サマーソニックの出演者のところにもCLIQUETPARの名前がある!すごいなぁ、バン君!続けてたんだなぁ!っていうのと時代がバン君に追いついたのか!みたいな。

そしてそんなこと検索してたら、7月頭にはなかったYouTubeに私との共演の動画が!

もうほとんど忘れてるけど、かすかに記憶がある!これ京都って書いてあるから、京都のMetroでLoves.と一緒にやったときのライブだ!そして、この風船!当時Loves.のギターを弾いてた岩谷啓士郎ことケイシーが「風船に目覚めました!」と、わけのわからないことを言ってたのを思い出した。あ、ケイシーこと岩谷啓士郎か。ま、いっか。

そして、このころCLIQUETPARと一緒に活動したからMSNのmsgって曲のアイディアを思いついたんだ・・・ってことも思い出した。

ところで、ホントにバン君とはこの頃から連絡取ってない・・・喧嘩でもしたっけ?バン君が引越しでもしたのかな?とりあえず、9日に会いに行きたいが、自分もライブで会いに行けない。でも、バン君に会いたい。彼日本語が上手かったけど、まだ喋れるかなぁ・・・
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2013年07月31日

msnのライブを終えて、その2

7/22、3年ぶりのMSNのライブの感想とか色々書こうと7/24に一度挑んだんですが、結局消してしまいました。でも最近ライブの時の写真を送ってもらったので、それを紹介しつつ、ライブのことを書きます。
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まず、全体像。坂口くんが入っても、今までとあまり違和感が無い!マヒマヒの見た目の変化のほうが大きいんじゃないかな?レーシックしたし、髪も短いし、服装もオシャレ(それは前から?)。セットリストは、1.TEXAS 2.Gate of Difference 3.n1曲名未定 4.noFat 5.msg 6.MB〜That's All と言った感じです。3曲目、曲名無いんだけど、どうしたもんだろ。これは作りかけの新曲で途中は坂口タイム、後半はマヒマヒ・タイム、という展開。まぁ、任せたよ!っていう感じです。4曲目は新曲というには結構前(6年くらいまえ?)からやってるかもしれないんですが、まぁ、新しめでしかもだいぶ今回は変えました。メロディも変えたし構成も変えたし、フレーズも増やしたし。というわけで、いつ完成かわからない新曲です。それ以外はいつもの感じでした。

さて、いきなりライブのハイライト
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坂口くんに言われて気づいたけど、左端マヒマヒ、背伸びしてる???スズキさんはたぶんジャンプの前後?。え?スズキさんがジャンプしてる時ってマヒマヒ背伸びしてたの?と、まぁ、そんなことはいいとして、なかなか普通のバンドらしからぬいい瞬間を捉えた写真だと思います。

それと注目は
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これなんですが、上の鍵盤がだんだん手前に傾いてきて、弾きづらいどころか下の鍵盤のボタンが押せない・・・というとんでもない状態に陥った坂口くん。まぁ、私は演奏中に気づきませんでしたが・・・坂口くんボタン押すのにいつもより時間かかってるなぁ・・・くらいにしか思ってませんでした。こんな状態でも、バッチリ演奏してくれる坂口くんさすが!

ではでは、最後は楽屋の集合写真
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写真を撮ってくれた北見さんありがとうございました!
次のライブもお楽しみに!他にも新曲あるんだよね。坂口くんも作る予定だし!
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2013年07月28日

フジロック終わった。

世間的にはまだフジロックの最中ですが、私は昨日2日目に前野健太とソープランダーズで出演させていただき、その日のうちに家に帰って来ました。前野くんのステージの間(27日の昼12:30〜)、ほぼ快晴で、人もたくさん集まってくれていて、とても楽しいライブをやって来ました。前野くんも絶好調だったし。で、ライブ後、次がトクマルシューゴの出演でしたが、雨が降ってきて・・・というか、そもそも楽屋(車で10分くらい離れてる?)に帰ったので、トクマルくんのライブは見れませんでした。その後も楽屋で過ごすも、雨が全然やまず、ライブ会場まで歩くと40分とか離れてるはずなので、雨の中(というか泥の中?)歩いていくことは到底出来ず、楽屋に夕方までいて帰りました。つまり同日の出演者、ビヨークはおろか、何一つライブを見ずに帰って来ました。同じ日の出演者にはトクマルシューゴをはじめ、スザンヌ・ヴェガ、ダニエル・ラノワ、ガース・ハドソン(ザ・バンド)、別のステージではKillswitch Engage等、雨の苗場じゃなければ見たいと思うアーティストも出演してたのですが、とにかく土砂降りだし、外にいる人達が信じられない・・・私は食堂や楽屋でのんびりしてました。

ところで、会場に入ったのは前日なのですが、その日も雨が降ってましたが小ぶりになった瞬間に頑張って苗場食堂というステージにヤマジさんを見に行きました。そしてヤマジさんやコテくんと会い、ホテルに戻って部屋でMステ(?)を観て、夜にはまた雨が殆ど降ってないタイミングでU-Zhaanと勝井さんのライブを少しだけ見に行きました。でも基本的にはホテルから出てない・・・部屋でみんなで飲んだりしてたんですが、石橋さんとビールやツマミの買い出し(ホテル内)に行った時に、私が「フジロックに出演してるアーティスト(主に外タレ)とかって、有名な人でも顔とか知ってる人ってほとんどいないなぁ・・・ビヨークとロバート・スミスくらいかなぁw」なんて話してたら、そのしばらく後に石橋さんが「今、ビヨークいたね・・・」って!私全然気づいてないんですけど!その他いろんなタイミングで「あそこに座ってるのダニエル・ラノワだね」とか、「隣のテーブルのあの女性スザンヌ・ヴェガだよ」とか、全然わからないんですけど私!有名人ひとりもわからなかった私ですが、喫煙所で隣にたってたのが奥田民生さんだってことはすぐにわかった・・・

そういえば、会ったわけではないんですが、ちょっと遠くにブッチャーズの田渕さんが通ったのに気づいた・・・割と最近uminecosoundsでtoddleと対バンさせてもらったばかりだったんですが、いまいち面識がないのと、この4日ほど前に同じくブッチャーズの小松さんにバッタリ会った時に面識ないのに話しかけてしまう・・・という恥ずかしい思いをしたばかりだったので、挨拶をしそびれてしまいました。

ところで、話は変わって急にベースの話。今回のソープランダーズはFender Jazz Bassを使いました。なぜかというと、主に新曲でJazz Bassじゃないと出来ない(たぶんね)ことがあったからです。それで、その代わりというか、BOSS GE-7BというEQを使ってみました。リハではうまく行ったんですが、っていうか、本番の最大の失敗は借りたベースアンプでした・・・レンタル機材、任せっぱなしにしてしまったんですが、見てみてびっくり・・・普段のリハーサルスタジオで使うベースアンプの半分以下の大きさ・・・・え!?こんなんじゃ聴こえるわけないのに・・・と思いつつも後の祭りなので、とりあえず当日のサウンドチェック。聞こえないというより、聴こえる音量まで上げるとスピーカーが負けるのか全部歪んでしまう。スピーカーのあたりで・・・ビョーって言ってしまう。仕方ないので、ボリュームはすごく下げて(笑えるくらい聴こえない)、モニターさんにコロガシから返してもらうことに。こうすればちゃんと聴こえるけど、今度はアンプじゃないので音域によっての音の出方が違う・・・しょうがないからモニターさんにアンプ(超小さい音)をメインにコロガシに返してもらう。でも今度はモニターが床に振動してビョーって鳴り出す・・・こんどはスタッフがモニター・スピーカーを変えてくれて、どうにか落ち着く。でもまぁ、やはり音的にはやりづらかったなぁ・・・といいつつ、関係ないくらいハイテンションで楽しく演奏してましたが。

ちなみに下の写真は一般的なフジロックのお客さんの格好。まったくもって音楽を聴く格好ではない・・・
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タグ:前野健太
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2013年07月24日

MSNのライブを終えて。

いろいろ長々とライブの感想とかブログに書き始めましたが、やはり全部消しましたw

みなさんありがとう!

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2013年07月14日

ヤマソロライブ終了

楽しくライブやってきました。今回は大江慎也さんとの2マンで、ヤマソロだけでなく、アンコール(的?)セッションにも参加させてもらい、合計15曲やったのかな。いつもヤマソロのライブは楽しいのですが、今回はセッションもとても楽しかった。ギターが2人いると、私はキーボードなのに、ほとんどベースのつもりで演奏することになっていて、それもまた新鮮でした。

今回のセットリストがこちら
IMG_2317.jpg
ですが、実は今更ながら、今回から曲ごとにキーボードの音色を変えるという、とても普通なことをしました。いままでがライブ通して同じ音色というのもどうかと思いますが。といっても、聴いてたらずっと同じ音色じゃないの?って思うような演奏をしてるのですが、種明かしをすると、実はほとんど同じ音色なんです。厳密に言うと、音色は一緒だけどプログラム(?)が曲ごとに変わってるんです。で、このセットリストなんですが、自分用に曲ごとに右にF♯とかEとか書いてあるんですが、これは実は曲のキーじゃないんです。なにかっていうと、説明の順番が変になっちゃいましたが、実は私はエレピの音を弾いてるんですが、左手と右手の間で1オクターブ音を飛ばしてるんです。飛ばすというか離してあるというか。なぜかというと、両手の間隔が離れると、視界に入らなくなり演奏が難しくなるからです。単純に左手でベースの音域、右手でキーボードの音域を弾くためには、そこそこ両手が離れてしまうわけです。なので、使わないオクターブをカットしてるわけです。そして、どの音でオクターブが変わるかが、このF♯とかEとかなわけです。F#って書いてある曲はF#の次のGから急にオクターブあがるわけです。それが一番効率がいいのですが、曲によって、ベース(左手)がF♯まで使いたい曲と、右手でF#まで弾きたい曲があるわけです。そんなわけで、それらを先に決めておいて、音色(プログラム)を曲ごとに変えてたわけです。でも今回はそれだけではなく、初めてシンセベース、シンセストリングスという、ちょっとありえないような音色も使ってみました。

特に意味は無いですが、前のライブの時も書いたので、今回も曲ごとの話を書きます。1曲目はドアーズです。初めて「左手と右手で別のことを弾く」という、鍵盤奏者なら普通にできることに挑んでみました。ちなみにベースラインが9度移動するんですが、私の左手ではテヌートで弾けないため、そこの一瞬だけダンパーを踏むという練習をかなりしたんですが、いまだに成功率が80%くらいかもしれません。2曲目はわりといつもやってるDIPの名曲!3曲目もいつもやってるDIP〜uminecosoundsのレパートリー、4曲目はRoostersの曲で、実はリハーサルで大江さんもやってたのに、この曲をやる権利(?)を奪っちゃいました・・・大江さんファンの皆さんすみません。5曲目もわりと定番のヴェルベッツ、6曲目も定番のuminecosounds。7曲目は初の試み、これがシンセを使った曲で、80年代の名曲を80年代アレンジを残しつつ演奏。8曲目も何故かuminecosoundsでカバーしたことがあるTeenage Funclubの曲。9曲目も前に演奏したBeckの曲、10曲目も前に演奏したヤマジさんの曲、11曲目も昔やったことある、Pink FloydのSet the Controls for the Heart of the Sun。と、書いてみると、前に演奏したことがある曲がほとんどですね・・・

ちなみにセッションでは初めて演奏するTalking HeadsのHeaven、Iggy PopのTonight、The Roosterzのvenus(φ)、あとブルース(たぶんSweet Home Chicago)を演奏しました。

重鍵をおもいっきり弾いてたので、かなり手首が痛かったです!普段使わない筋肉をつかってるからね。でもそれより、GBの楽屋に入るところ、頭上注意と書いてあるところに3回も頭をぶつけてしまったのが痛い。微妙に通れそうな高さなので・・・
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2013年07月10日

今週のヤマジさん

今週のヤマジさんは、おそらく超多忙と思われます。今日はDIPのレコ発に行って来ました。今日明日と2デイズで、というか、2枚同時発売アルバム、HOWLが今日で明日はOWLという事です。今日のライブは完成度が本当に高く、新曲とは思えない素晴らしいライブでした。っていうか、何故かほとんどの曲を既に知ってたんですが、知ってる曲が更に良く聴こえるくらい素晴らしいライブでした。どの曲もいい!CD聴いても絶対楽しめると思って、帰って来て早速CDを聴いてます。

写真 (2).JPG
ちなみに2曲目のstars, stars, stars、光栄なことにヤマジさんと共作(?)ってことにしてもらってます。

そんなわけで、明日のOWLの方も見にいきます。下北沢Club Queです。
そして、ヤマジさんは、その二日後13日には吉祥寺GBでソロライブがあります。

7/13 ヤマジカズヒデ @ 吉祥寺GB
[69 Paradise] 大江 慎也
ヤマジカズヒデ(dip)<メンバー:Dr.本庄克己、Key.須藤俊明>
18:30 /19:00 \3600/\4100+1D GB店頭/GB HP予約

一昨日書いたものですが、この日のライブは私はキーボードで参加します。本庄さんも今日来てたなぁ。もちろんこちらは基本的にヤマジさんのソロなので、DIPの曲というより、ヤマジさんのソロ、そして数々のカバーなどを演奏します。つまりヤマジさんは一週間で何曲歌ってギターを弾くんだろう・・・?こちらのライブ、さり気なく書いていますが、実は対バンが大江慎也さんです!ルースターズの!

実は私の周りにルースターズを聴く人がいなかったので、私も聴いてこなかったのですが、ここ数年共演させてもらってるヤマジさんやTHE RUDE BOYSの玉井さん等、私の先輩たちがとても大きな影響を受け取ったのがルースターズなのだなぁと感じてます。まぁ、実際日本の音楽シーンにとてつもなく大きな影響を与えてるわけですが。かく言う私もGOMES THE HITMAN時代にルースターズのベースの井上富雄さんにプロデュースしてもらったこともあったのですが。

私も色々なイベントでルースターズの曲を演奏させてもらってるので、大江さんのライブが見れるのもとても楽しみです。
貴重なライブなので、是非見に来てください。

ちなみに、今週の日曜日14日もヤマジさんライブなのかな?uminecosoundsの古里おさむくんがソロで確か阿佐ヶ谷Yellow Visionでライブです。KnowMeZ音源完成記念企画だそうです。KnowMeZの音源、私録音しました!とても気に入ってるので、是非お買い求めください。

2013/7/14(Sun)※祝前日

阿佐ヶ谷YellowVision
[Get It By Your Hands Vol.4]
KnowMeZ音源完成記念企画!
・ Closed Circle(森本/神崎/水野)
・ 古里おさむ(uminecosounds)
・ KnowMeZ+CullCanEcho
 ※更にスペシャルゲストとして天才ヤマジカズヒデ氏を迎えての演奏もあります!

OPEN 18:40 / START 19:00
Ticket: ¥1500(+1order)

人のライブを告知するのって変な感じ。
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2013年07月04日

MSN外伝マヒマヒ編その1

MSN物語ですが、このあいだリハーサルでメンバーと会った時に、やはり記憶が曖昧で覚えてないこともたくさんあったので、今度は他のメンバーがそれに付け足す意味で外伝を書いてみよう!ってな話になったので、早速マヒマヒに書いてもらった外伝その1を紹介します。なんでマヒマヒの文章を私のブログに載せるのか意味がわかりませんが、MSNに関することをただ自分のブログに書き始めてしまったため、こういう形になってしまいました。ところで、MSNのHPもしばらく閉じていたんですが、このあいだ、仮の形ですが再開しました。もしよかったらチェックしてください。メンバーのプロフィールとかも新たに作りました。

http://alibabarecords.com/msn/

それでは、マヒマヒによる、MSN物語外伝その1です。

※※※※※※※※※※

さてさて、「MSN物語外伝」ですか(笑)
実はこういうバンドの細かい話をメンバーが語る機会ってなかったので、なんか一部では謎めいたバンドみたいに思われてたようですね。なんでそういう機会ってなかったんでしょうね?まぁ、「公表してもしゃーないやろ。誰も興味ないやろし」と思ってた部分もありますが(笑)。皆さん「MSN物語シリーズ」は楽しんでいただいてますか?


じゃあ僕はまず、僕まひまひとMSN主宰すどうさんとの話でも書きましょうかね。「すどうさん」ってのは僕が最近気に入ってる呼び方です。ちょっと前までは「スディ」って呼んでました。

最初にすどうさんを見たのは大阪在住時代、心斎橋クラブ・クアトロでニューヨークのバンド・God is my co-pilotを観に行った時ですね。そのライブにMELT-BANANAとUFO OR DIEが共演してたんです。そのMELT-BANANAのドラマーとしてすどうさんが出演してたんですが、実はそれまでMELT-BANANAってバンド、知らなかったんですよね。その時点で既に申し分のない実績を積んでいたようなんですが、どうやら僕のアンテナが錆びていたようです(笑)。その当時のMELT-BANANAは今のようにハードコア色が強くなく、ニューウェーブ的な「刻まずに回すビート」に乗せた、リズムが強い曲を猛スピードで演奏してたって感じだったと思います。

その後、再びMELT-BANANAを十三ファンダンゴで観た時に、音楽性が「風変わりなファストコア」といった趣きになってて驚いた記憶があります。もちろん音楽性が変わってもカッコ良かったですけどね。で、そのクラブ・クアトロでのライブですが実は、1〜2曲ぐらい聴いた後は「またこんなバンドが出てきたんかいな」と思ってたんですよ。大阪にも多かったですしね、そういう「強いリズムとノイジーなギターとヴォーカルの音楽」を演奏するバンドが。それがライブが進むにつれ「あれ? もしかして実はこれ、すごくよく考えて音楽作ってるバンド?」とどんどん引き込まれていき、MELT-BANANAというバンド名とその音楽性を覚えて帰ったわけです。ちなみに、そのクラブ・クアトロで観た日は「観ただけ」でした。まだすどうさんとも知り合いじゃなかったし、1人で観に行って3組のライブが終わったらすぐに帰ったと思います。

んで、次にすどうさんに会ったのがいきなり「対バン」という形なんですが。ここで訂正。すどうさんによる「MSN物語その2」に「マヒマヒによると、初めて会ったのはカウンタックスのライブらしい」とありますが、僕の記憶違いでした。すどうさんと初めて会ったのはその「MSN物語その2」にも名前が出ている「ビックE」というバンドとの対バンでした。ビックEと、サム・ローマンさんというアメリカ人ドラマーが主宰するノイズバンドの「魔寺」が難波ベアーズで対バンで、僕はその「魔寺」のメンバーだったんですな。あとは大阪のグラインドコアバンドとかがいたような気がするなぁ。で、サムさんがフライヤーで「MELT-BANANAのドラマーがやってるバンド」って煽ってたビックE、どこにMELT-BANANAのメンバーがいたのか分かりませんでした(笑)。それもそのはず、ビックEにはキクチくんというドラマーがいて、当然そのキクチくんがドラムを叩いていたわけで、すどうさんが管楽器以外ならだいたい何の楽器でもこなしてしまうことはその時点では僕が知る由もなかったわけで。

その日、すどうさんは何を演奏してたんやったっけ?ちなみに、その日のビックEには後にMSNを一緒に結成するノリヤくんもオルガンで出演してたそうですが、覚えてないんですよねぇ。聞いたら、オルガンの不具合で一音も音を出せないまんまライブが終了したんやとか(笑)。ノリヤくんのこの手の残念なエピソードならまだいっぱいあるんですが、MSNのメインコンポーザーだったことに敬意を表し、黙っておいてあげることにします。んで、すどうさんは「MSN物語その2」にも登場するレンタルビデオ店の店番をするために、ノリヤくんは未確認ですが多分次の日の仕事のためか多分ただ単に早く帰りたかったため、ライブが終わり次第東京にとんぼ返りしたらしいです、対バンのサックス吹きとお喋りをすることもなく(笑)

…なるほどな〜、書きたいことを好きなようにガシガシ書いてたら終わらないんですね。すどうさんの「MSN物語その5」もかなり駆け足で半ば強引にまとめてるしなぁ(笑)こんなにいっぱい書いたのに、まだMSNのSとNと会っただけで話もしてないという。この時点ではまだ全然お互いのことを認識できてないんで「会った」とも言い難いか。

続きの話の進め方はまたその時に考えるとして、とりあえず今回はここまで。
次回をお楽しみに。
次回あるの?

※※※※※※※※※※

というわけで、マヒマヒによる次回が必要な気がします。
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2013年06月25日

MSN物語その5

さて、最終回の予定、MSN物語その5です。今回は坂口くんが登場しますが、それはまぁ最後です。前の続きはというと、1st ALBUM(書き忘れてたけどタイトルはセルフ)MACHINE AND THE SYNERGETIC NUTSを自主制作で出した後、アメリカのCUNEIFORM RECORDSから2ndのリリースの話を貰いました。実は、個人的には昔から聴いてたレーベルで、つまりカンタベリー・シーンがアメリカに与えた影響下のレーベルという感じで、THE MUFFINSや、本家SOFT MACHINEのレア音源などをリリースしてるので、昔からちょこちょこ買ってたレーベルでした。つまり、凄い嬉しいわけです。まぁ自分のカンタベリー趣味の話ではありますけど。そんなわけで、1stを出してすぐに2ndの録音を始めました。ちなみに、2ndの曲は、ほとんどライブでやったこともなく、曲のつなぎあわせやその場で作曲したりとか、そういう感じでした。なので、実はそれ以降も2ndの曲はあまりやってません。1曲目のM-Bという曲だけよくやってます。ちなみに、MBという頭文字はメルセデス・ベンツなのかMr.BungleなのかMelt-Bananaなのか、とか諸説ありますが・・・Miamiって曲とBrusselって曲をくっつけただけです。メンバーはずっとマイアミってこの曲を呼んでました。ちなみにとても後から気づいたことですが、実はくっつけた後Miamiの部分はほとんどカットしていて、ほとんどBrusselって曲でした。(すごい無駄な情報に文字数を使ってる気がする・・・)

話が進まないので、もう2ndアルバム"Leap Second Neutral"を録音して、リリースしたところまで行きます。あ、ちなみにうちで録音しました。ジャケはまた山下にやってもらって、ゲストにまた松江さんと高橋結子(けっちゃん)に参加してもらいました。確か2ndのビブラフォンとかは私が叩いたような記憶が・・・というわけで、アメリカ、ヨーロッパと流通され、世界的に(マニアックなプログレの世界で)知られることになったMSNの2ndアルバム、日本ではそんなわけでdisk unionのArcangeloというレーベルから出ました。ここは特に喜ぶ所ではないのですが、でもスズキさんの旧友(現Arksの竹川さん)と絡めて良かったです。ここは喜ぶところじゃないというのは、1stはあまりプログレ色なしで見てもらってたのに、セカンドはプログレ扱いになってしまったことです。ながれで帯に「メロトロン」って書いてしまいました。まぁ、ホントに使ったんですが。disk unionのプログレ館で買うCDになってしまいました。1stはTOWER RECORDで展開してくれてたのに・・・

さてしかし、そんな心配も問題なく、結構評判もよく、M-BはCRJ東京のチャートで1位になるという快挙!ちなみに2ndが出る前に福岡の友達のボギー(nontroppo)がオムニバスのCDRに誘ってくれたので、製作途中だったTEXASという曲を途中から別の展開させたTEXAS HITTERという曲で参加させてもらったんだけど、その曲もCRJにチャートイン!と、思ったより良い評価を貰いました。

というわけで、ここまでがMSNの現在までの歴史です。でも、まだ2005年なんです。そこからもう8年?一体どうしてたか説明します。まず、たしか、気まぐれでメンバーのソロCDRを作ろうって話になって、ノリヤ以外の三人がソロCDRを作りました。スズキさんは歌もの、マヒマヒはテクノ、私は即興とナンセンス。もちろんもう売ってません。ライブ会場と通販だけで少しだけ売りました。ちなみに、このとき私のCDRを通販で買ってくれた山口県の青年(?)が山本達久くんです。この数年後に一緒にバンドをやるとは!

バンドでの曲作りも多少は進めてて、この頃に作ったmsgという曲、まだ録音してないんですが、これは今でもお気に入りのナンバーです。ドラムの話ですが、この頃私はタイからやってきたcliquetparというブレイクコアのアーティストに生ドラムで参加するということをやっていて、それをヒントに、ひたすら高速にジェネシスの7拍子を演奏するということを思いつき作った曲です。今でもライブでやってますが、曲ができた当時のライブがSpaceShowerTVでちょこっと紹介され、DAXというネット上のアーカイブに残ってました。でも最近は消えたみたい・・・ニコ動で見れます。ちなみに、その動画では曲はフェードインして途中からM-Bにメドレーになってるので、曲の全貌ではないです。

さて、まだ割とまともな話しかしてませんが、2000年代の後半はわりとおかしな事になっていて、ライブはやるけど、曲は半分くらいインプロだったり、皆でマイケル・ジャクソンのビート・イットをやったり(そういうのは昔からか・・・)、挙句にはバンド名もMACHINE AND THE SYNERGETIC NANOにしたりしてました。iPod nanoっていうのが出た頃です。それとキーボードのノリヤが仕事やら家庭やらで忙しくなり、そんなふざけたバンド活動にも愛想を尽かしたのか、ライブに消極的になったので、他のメンバーもライブに積極的にならなくなり、ライブも減っていき、2007年に2本ライブをやったきり活動をしなくなりました。その後の活動といえば、皆で公園に行ってBBQしたくらいです。

さて、その後の話ですが、実は2010年に一度だけライブをやります。友人のMontecarlo Scrap Flamingo(以後MSF)とMSがつくバンド名を集めてライブをやろう!って話をしたのかどうか覚えてないんですが、当時私はLoudsというパンクバンドでお世話になっていた亀戸ハードコアというお店で、MSNとMSFでイベントをやろうということになったのでした。他の出演者は私がお願いしてELECTRIC EEL SHOCK、狂うクルーという豪華なメンツで、大成功のイベントでした。

それから2年くらいたち、私は(もうすっかり)「もう死んだ人たち」のベーシストとして活動してたのですが、マヒマヒやスズキさんとはよく「またMSNやりたいねーっ」って話をしてました。ふと、そのことを「もう死んだ人たち」のツアー中に名古屋のブラジル・コーヒーってところで思い出し、思いつきで、ドラムの山本達久くんや波多野敦子さんや石橋英子さんに、「そういえば誰かMSNでキーボード弾いてくれそうな人いないかなぁ?」って相談したところ、坂口くんがいいんじゃない?ってみんなに薦めてもらいました。坂口光央くん、確かにナスノミツルさんのTENELEVENで見たことがあったけど、ミュージシャン、って感じがして、私らみたいなディープ・パープルのコピーバンドの延長上のバンドに入ってくれたりするのかなぁ・・・?って思ってたんだけど、達久くんの紹介とプッシュのお陰で、一度一緒にスタジオに入ることになりました!そして、スタジオに入ってみたら、まぁ、さすがに上手い!っていうかバッチリ!っていうか、ノリヤに顔が似てる!イニシャルもS!最高!採用!いや、もちろん最初から入ってもらいたかったんですが、坂口くんも楽しんでくれてるみたいで、なんとココに来て初のメンバーチェンジ!(一応ノリヤは永久メンバー)。そして、何度かスタジオに入ってるうちに、ライブがやりたくなる!そして、このメンバーならライブが出来る!というわけで、ライブを決めてきちゃいました!それが来月7/22ネストで。またもや3年ぶりのライブ!

やっぱり2回に分ければよかった、とてつもなく文字数が多い・・・あと一つだけ!その復活ライブにMusic From The Marsが出てくれます。1stアルバムの帯を書いてくれた藤井くん、MSNが活動を始めた頃から、ずっとMSNと付き合ってくれてて、年に一度は一緒にライブをやりたいとずっと思ってたし、ずっとやってたのに、途中でこちらは活動ができなくなってしまった。でもまたライブが出来るようになった時に一番最初に対バンとして決まったのがMusic From The Marsで嬉しい。そして他にも、なんと私も一時メンバーだったヘンリーテニスも出てくれることになり、それと私達が「復活ライブをやるなら一番好きな場所にしよう」といって決めたライブハウス渋谷O-nestのオススメバンド、ORDINARY PURPOSE PLUG AND INVITATIONが出ます。そんなわけで、次回のライブの告知でした。終わり。最後まで読んでくれてありがとう!
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2013年06月19日

MSN物語その4

皆さんはお気づきでしょうか?このMSN物語、回を重ねるごとに文字数が増えていることを・・・気軽に読んでいただきたいのに、書きたいことが意外に多くて、どんどん文字数が増えていってしまってます。なんかデアゴスティーニの気分です。さて、今回はメンバーではないけど松江潤さんの登場です。

最初から松江さんの話ですが、私は21世紀になった後、GOMES THE HITMANのサポートドラムをしてもらっていた金野由之さん(元DEEP&BITES他)を通じでギタリストの松江潤さんと知り合いました。松江さんとはそれから現在まで、TREMOLO FAN、SPOOZYS、Jun Matsue GroupといったバンドやHARCO、長澤知之といったアーティストのサポートなどで一緒に演奏させてもらってるのですが、知り合った頃松江さんに、「MSNというバンドをやってるんで是非ライブ見に来てください」といって見に来てもらいました。バンドをとても気に入ってくれたんですが、「ベースの人って外国の人?」って聞かれたので、「いえいえ、江戸っ子です、鈴木さんっていうんです」と答えました。松江さんが帰った後、スズキさんがライブハウスのゲストリストを見て、「須藤ちゃん、松江くんと知り合いかい?」って聞いてきました。話を聞くとスズキさんは昔、松江さんとバンドをやりかけたことがあって「一緒に銭湯とか行ったんだよ」って言うので、後日松江さんにその話をしたら、「え!ジェニーさんだったの!?」と、思い出したのですが、スズキさんの当時のニックネーム(というか自称?)がジェニーというのも衝撃ですが、松江さんが外国の人と勘違いしてるのも衝撃でした。結局その後、私とスズキさんはJun Matsue Groupのメンバーとして松江さんと一緒にライブをしたという運命的な出会いと再会がありました。

Jun Matsue Groupですが、松江さんが2003年にリリースしたギターアルバム「TRIUMPH OF GUITAR MURDERER」というアルバムの参加メンバーによって作られた、ライブのためのグループです(スズキさんはアルバムに参加してませんが)。話がメチャクチャ前後しますが、このアルバムの製作前に松江さんと知り合った私は、ジェフ・ベック好き同士意気投合し、松江さんのこのアルバム制作に私は全面的に参加させてもらいました(ほとんどのドラムとベースを担当、曲も共作あり)。そして、ここからMSNに話が戻りますが、このアルバムのリリースに際して作られた松江さんのレーベル、adamski recordingsから、第二弾的にMSNのファーストアルバムもリリースしてもらえることになり、しかもMSNのファーストアルバムにも松江さんにギターで参加してもらえることになり、ついに、2000年から作り始めたMSNのファーストアルバムが3年の歳月をかけて、完成しました。

ちなみに、アルバムには前出のデモ・テープの曲のほとんどの再録と、新曲(たしかpeakとtimeと・・・)を収録、そして、ゲストに松江さんの他、当時仲の良かったMong Hangのmanbubu(夘木英治、ちなみに後のMELT-BANANAのドラマーの一人)、GOMES THE HITMANの高橋結子、THERMOの君島結に参加してもらい、ジャケット、その他アートワークは「MSN物語その1」に登場した高校時代のバンド仲間、山下淳にお願いして、帯のキャッチコピーをMusic From The Marsの藤井友信にお願いして、adamski recordingsとALIBABA RECORDS(なんで付けたかよくわからない自分たちのレーベル)の連名で2003年にリリースしました!(急に敬称略ですみません。)

ついにリリースされたMSNのアルバム、ハッキリ言ってだいぶ粗削りですが、実際幾つもの雑誌のレビューなどでも紹介していただき、以前demo2000を高く評価してくれてたCuneifrom Recordsのスティーブさんの流通WAYSIDE MUSICを通してアメリカ、クリス・カトラーさんのReR Megacorpを通してヨーロッパにも紹介してもらい、思った以上に、プログレ各方面からレビューや評判、そして、ラジオでのオンエアなどで紹介されました。そうです、実はオシャレなバンドを目指して始めたバンドだったんですが、この頃には完全に海外では日本のプログレバンドとして紹介されてました・・・まぁ、音楽も気づいたらオシャレじゃなかったんですが。日本ではあまりプログレ扱いは無かったんですが、当時ROVOやDCPRGのフォロワー的に扱ってもらってたのかな?まぁ、インストバンドの一つとして何故か名古屋と関西のカレッジチャートにランクインしました。
フィラデルフィアのラジオ局、gagliarchives(プログレラジオですが)では収録曲"Berlin"が年間チャート6位という快挙!そして、なんとNHK-FMライブ・ビートにも出演!と、思ったより全然良い感じでバンドが評価されました。なんせ、リリースしたといっても全部自腹だし、売れなかったらどうしよう・・・みたいな感じでしたから。

しかも、アルバム・リリース後にはCuneiform Recordsから正式に2ndアルバムのリリースの話も決まり、もう2nd録音しちゃおう!という乗りに乗った状態がやって来ました。たぶんこの頃にマヒマヒは東京に引っ越してきてて、普通にバンド活動が出来るようになったんだと思います。年間3〜4本だったライブも6〜7本に増え(あまり増えてないね・・・)対バンもNATSUMENや近藤等則FREE ELECTRO、LED、STRUGGLE FOR PRIDE、おとぎ話等、今じゃありえない豪華かつ幅の広い活動をすることが出来ました。

さて、盛り上がるだけ盛り上がったMSN(まぁ、私達の基準ですが・・・)、次回最終回(予定)で衰退して終わる・・・みたいなことになるような気がするんですが、そうでもないです。次回、ついに坂口くんが登場します。

ちなみに、昨日たまたまですが、Cuneiformのスティーブさん(今更ですがSteve Feigenbaumさん)からメールを貰いました。冬眠してたMSNが目覚めていくような感じです。忘れてた曲を思い出す感じです。そして毎回文章が長くなっていってしまってすみません。
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2013年06月17日

MSN物語その3

前回のつづき、スズキヒロユキさんが登場します。

実はさっきまでマンダラ2という吉祥寺のライブハウスに行ってて、久しぶりに店長の中野さんと話をしたのですが、前回のつづき、つまりMSNの初ライブは吉祥寺のマンダラ2だったのです。ちなみに、先の話ですが、レコ発ライブもマンダラ2でやりました。

さて、ライブに誘われて・・・ベースがいないって話を前回書いたのですが、なんか思い出したり調べてるうちに色々時系列を間違えてる気がしてきました。まぁ、最初から曖昧な記憶で書くと宣言したので、そういうものだと思って欲しいのですが・・・。というのも実は初ライブの時、マヒマヒ・スドウ&ノリヤという名前ではなく、もうちゃんとバンド名をMACHINE AND THE SYNERGETIC NUTSにしてたわけです。というのもあたりまえで、デモ・テープを配るときにたぶん三人でバンド名を考えたんだと思います。実はバンド名の由来は去年の11月にブログで一度書いたんですが、詳しく書くと、マヒマヒ、スドウ、ノリヤの頭文字からバンド名をつけようとなったときに、私がなんとなく「マイク・アンド・ザ・メカニックス」というジェネシスのマイク・ラザフォードのバンド名みたいなのが付けたいと思ってたんですが、「ウチのバンド、マイクいないしなぁ・・・マヒマヒ&ザ・・・じゃマヒマヒとバックバンドみたいだしなぁ・・・」と思ってた時にふと、当時自分たちのバンドの曲作りは基本的にノリヤがMIDIで打ち込んで、私がMIDIのエディットをして・・・みたいな方法だったので、自分たちのリーダーはMIDI、機械、マシーンだ!と思い、マシーン&ザ・・・にすることにしました。で、SYNERGETICという単語はノリヤのアイディアで採用、Nは最初NERDSにしようと思ったんだけど、それだとNのノリヤがNERDSみたいだから嫌だと言ったので、NUTSに・・・(どっちでもいいんじゃないの?って思ったけど)。そういうわけで、MACHINE AND THE SYNERGETIC NUTSになりました。前にブログに書いた内容ですが、最初にMSNにするかNSMにするか・・・みたいに考えてたときは、MicroSoftNetworkと同じにしようってことで、MSNにしました。

さて本題、1998年にライブに誘われた時に我々が思いついたベーシストの一人目がスズキヒロユキさんでした。スズキさんは私は94年くらいからの知り合いで、MELT-BANANAのライブによく来てくれてました。知られてることがどうか知りませんが、MELT-BANANAのギターのAGATAさんが当時使ってた(今でも使ってるのかな?)ギターはスズキさんがMELT-BANANAを気に入って、AGATAさんに格安で譲ったギターです。そして、この頃はスズキさんは前回出て来ましたビックEのベーシストだったのです。つまりノリヤはバンド仲間だし、私もたまに一緒に演奏する昔からの知り合いだったわけです。そして、マヒマヒとも相性バッチリ!(人間性の話です)。そして音楽的にもMSNに新たにフレットレス・ベースというキャラクターと、パンク・ノイズ〜ロック、フリー・ジャズ的な要素を持ち込んでくれて、ここで初めてMACHINE AND THE SYNERGETIC NUTSというバンドになりました。そう、前にもブログで書きましたが、スズキさんなので、頭文字的にもMSNに含まれてる!それも重要でした。

初ライブの様子(レビュー)がタケさんという方のHPに残ってました!
http://homepage3.nifty.com/TAKEDA/live98-2/981119.html
ん?ライブ誘ってくれたのってオノテツさんじゃなくてイトケンさんだったかなぁ?ちなみにこのふたりは当時は主にHarpyというバンドで活動してました。
そうか、6曲もレパートリーがあったのか!でも曲が足りなくて、なんとなくジョークでビリー・ジョエルの「さよならハリウッド」の途中から演奏しました。それ以来、MSNのライブでは、ほぼ毎回、「なんか知ってるこの曲!」みたいなカバーをメロディをサックスで吹くという脱力アレンジで演奏するのがお決まりになってしまいました。

このレビューにベースがゲストって書いてありますが、確かにスズキさんはゲストだったんですが、すぐにメンバーになることが決定。そして、4人でデモ・テープをまた録音しよう!ってことになって、demo2000ってタイトルだったと思うんですが、また4曲入りくらいのデモ・テープをうちで録音しました。あれ?ってことはdemo2000は完成は2000年かな?でもそんなもんかも。なんせマヒマヒ大阪に住んでたし・・・で、何が入ってたんだろう?コレも今手元にないんだけど、たぶんgate of difference,tensegrity,swang?puppet show?やっぱり思い出せない・・・ホントにそんなテープ作ったっけ?

そして、MSNはバンドとしてライブ活動も始め1999年には初の大阪でのライブ、2000年にはマンダラ2で自主企画ライブ・・・と年に3,4本のライブをやっていました。そして、demo2000以降もノリヤもHDDレコーダーを(最終的に2台)買い、ミキサーも買い替え、アテもなくフル・アルバムのレコーディングを始めました。ちなみにdemo2000は海外にもテープを送り、クリス・カトラーさんやCUNEIFORM RECORDSのスティーブさんからも良い反応をもらえたので、よし、アルバムを作ろう!ってなったんだと思います。

そんなわけで、次回はメンバーじゃないけど、松江潤さんが登場します。
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2013年06月15日

MSN物語その2

前回(6月14日)の続きです。マヒマヒが登場します。

というか、マヒマヒがいったいいつ現れたのかよく思い出せないんです。95〜96年ころ前回書きましたが私はMELT-BANANAのドラマーで海外ツアーなども始めたので、他のバンドは基本的にやってなかったんですが、その例外がノリヤとやったfiddle2、それともう一つビックEというバンドにもその頃参加したりしてました。ビックEは後に私がバイトすることになるビデオ屋の店長、江川さんのバンドで、当時ノリヤはメンバーとして参加してました。それで、私も出来るときに参加させてもらってたんですが、パートは無茶苦茶で、タンバリンだったり、吹けないのにトランペットとかやってました。そのビックEに後に参加するのがサックスのマヒマヒ(from大阪)です。でも、ビックEに参加するずっと前から知り合いのような気がするし、マヒマヒは大阪に住んでたんですが、私がMELT-BANANAで大阪に行った時やマヒマヒが当時「身長2m」や「モッシュルーム」というバンドや自身の「ディルージョン・ヴァレー」で東京に来た時によく会ってました。

というのが私の曖昧な記憶だったんですが、実は記憶力のいいマヒマヒに正解を聞いたところ、私はその頃1度だけ「カウンタックス」というビックEの江川さんがベースを弾いてたバンドの代打ドラマーで大阪に行ったことがあり、その時の対バンでマヒマヒが出ていたらしい・・・それで打ち上げで向かいの席に座った・・・とのことです。「カウンタックス」のことも(自分が演奏したこと)は覚えてなかったし、マヒマヒと打ち上げで向かいの席に座って話したという事実も全く記憶に無いんですが、まぁ、それは置いておいて、その頃マヒマヒが東京に来た時に私の家に泊まりに来て、色々音楽の話とかしてた(んだと思うんだけど)流れで、ちょっと前にやったfiddle2の(ライブを録音した)テープを聴かせて、「これは一度きりのバンドだったんですが、この曲を演奏するバンドを一緒にやりませんか?」的なことをマヒさんに言ってバンドに誘った記憶があります。マヒさんも気に入ってくれて話にのってくれたので、さっそくノリヤにその話をして、それで、マヒマヒ・スドウ&ノリヤ、略してMSNが結成されたのでした。

そんなわけでMSNを結成して、とりあえず3人でボーリングにいって3人でプリクラを撮りました。それが粋な遊びだと思ってた時代なのかもしれません。ちなみに、マヒマヒをバンドに誘った時に思い描いてた音楽はクラブ・ジャズ、M-Base、カンタベリー、New Yorkのアヴァンギャルド、的なものでした。オシャレな音楽でモテるつもりで始めました。ブラン・ニュー・ヘヴィーズとかアート・リンゼイとか流行ってたしね。(古いか?)

ボーリングとプリクラは置いておいて、3人でバンド始めたっていうのも変な話で、サックス、ドラム、キーボードなんですが、ベースも居ないし、ベース募集も兼ねてデモ・テープを録音しよう!ってな事になって、当時シカゴ(っていうかスティーブ・アルビニの家で)でレコーディングをして帰ってきたばかりの私は自分で録音しようと思い、ドラムやマイクを買って宅録でデモ・テープを取り始めました。デモ・テープといっても、当時まだ高かったHDDレコーダーにアナログ・ミキサー、DATマスターで録音して、配布だけまだ本当にカセットテープという時代でした。先にキーボードとドラムを6畳の私の部屋で録音して、その後に私がベースを弾いて、その後にマヒマヒのサックスを録音してました。当時マヒマヒはまだ大阪に住んでたので、東京でのライブのたびに数日余計に滞在して、うちでサックスの録音をしてました。マヒマヒが東京でライブしてたバンドの幾つかは担当楽器がベースだったのですが、マヒマヒはサックスを持って東京に来て、私のベースを貸してライブをして、うちに来てサックスを録音するという日々でした。関係ないですが「モッシュルーム」というバンドは殺害塩化ビニールだったので、私もたまに殺害サミットみたいなライブに行ってました。

そんなこんなでバンドを組んだのは1997年、最初のデモテープが出来たのは1998年でしょうか。どうやらその間に私はMELT-BANANAをやめ、ベーシストとしてGOMES THE HITMAN、ドラマーとしてTHERMOで活動を始めたようです。完成した4曲入りデモ・テープをイトケンさんやまわりの知人たちに配ってました。もちろん今聴くととても稚拙なんですが、一部の人から良い反応がもらえ、イトケンさんを通じてハッピー・ファミリーと知りあえたり、Rotter's Paperというミニコミに載せてもらえたりしました。確か1st に再録したOr Lots of Squares、Metropolican、A Couple of Ketteles、もう一曲なんだっけか?の4曲入りだったと思います。

そんなある日、というか1998年も後半に、ビックEのキーボード(ノリヤじゃない方)のオノテツさん、というか私の大学の先輩でもあるオノテツさんから、マヒマヒ・スドウ&ノリヤでライブをやらないか?とお誘いを貰いました!デモテープの段階ではベースもドラムも私なんですが・・・

そんなわけで、次回、スズキヒロユキさん登場です。
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2013年06月14日

MSN物語その1

単なる思いつきですが、MACHINE AND THE SYNERGETIC NUTS(MSN)の歴史を紹介します。簡単な紹介じゃなくて全5回くらいの物語にしようかと思います。今回は第一回、MSN結成以前の話です。

基本的にMSNの歴史というより、私の歴史というか自伝というか、私のとても曖昧な記憶を紹介しようと思います。私が中学3年の時からこの歴史は始まりますが、確かそのころ初めてバンドを組みました。友人の山下と蓑部と。で、たぶん3人同じクラスだったのかな?そんなんでバンドを始めて、実際高校3年くらいまでこの3人は一緒にバンドやってたんですが、高校に入った時、クラスが皆バラバラになりました。それで、私は自分のクラスが何だったか思い出せないのに、山下がF組だったことはよく覚えてます。どういうことかというと、毎日昼休みや放課後など、いつもF組に行って、毎日のようにトランプでドボンというゲームをやっていたのでした。そのトランプをやってる仲間で、そのうちまた別のバンドを組むようになりました。それがEjavlas Asirnosです。バンド名なんてどうでもいいんですが、そのバンドのキーボードが後のMSNのメンバー岩田ノリヤなわけです。ちなみにそのバンドには山下は居なかったのですが。

そんなわけで、Ejavlas AsirnosはF組の仲間たちと作った楽しげな洋楽ロックコピーバンドでした。ジャーニーやディープ・パープルといったキーボードが入ってる曲をやってましたが、とてつもなく下手でした。その後、ノリヤと私は他にも2、3、高校時代にバンドを一緒にやりましたが、主にディープ・パープル、たまにレインボー、まれに「21世紀の精神異常者」や「ラウンドアバウト」なんて曲にもチャレンジしつつ、高校を卒業しました。そんで高校卒業後、大学入学まで1年間勉強の時間があった私とノリヤは、もちろんバンドを辞めたのですが、お互い音楽を聴く仲間になりました。というか、高校時代は一緒にバンドやってても実はそれほど仲良くなかったんだけど、この時代以降、音楽聴く仲間として、お互い、ジャズやプログレ、フュージョンやクロスオーバー、カンタベリーやジェネシス、スワンプ・ロック、ブラック・ミュージック、結構マニアックな音楽から普通のアメリカ人の好む音楽まで色々聴いてました。

大学に入ってしばらくしてから私はライブハウスに出ようと思い、また高校の時の仲間(含むノリヤ)とFiddlestickというバンドを始めました。適当にブッキングしてもらいながらオリジナルを演奏するというのを少しの間やってましたが、曲はメンバー皆で作ったり持ち寄ったりでした。ちなみにノリヤがこの頃作った曲がMSNの1stに入ってるA Couple of Kettlesという曲です。曲名は何か違った気がするけど・・・で、まぁ、そのバンドはそんなに発展せず、しばらくして私は大学の先輩たちのバンドMELT-BANANAにドラマーとして入ることなり、自分でバンドをやらなくなってしまいました。一応ここまでが、私のギタリスト時代。そう!ここまで私はずっとギター弾いてました。まぁ、あまり上手くないんですが。

さて、そんな訳でドラマーになった私はMELT-BANANA(実際名前は違ったけど)に加入して、わりとライブハウスでの活動が盛り上がって来ました。結構マニアックだけど評価を受けてたので、他のバンドはやらなくなりました。でも基本的にハードコアっぽかったMELT-BANANAの音楽性より、ジャズやジャズ・ロックに興味のあった私は、東京大学のジャズ研に入っていたノリヤにたまに誘ってもらって、適当なジャズ(当時はいわゆるFake Jazzのつもり)の演奏をしてました。まぁ、ギター弾いたりしてた気がするんですが。そんな流れの中で、1995年、私はMELT-BANANAで海外ツアーしたり、海外のバンドのオープニングとかでクアトロに出たりと結構活躍してた時に、ふとノリヤにバンドに誘われました。ノリヤが友人に誘われたライブイベントで、自分(ノリヤ)のつくった曲をやるために、今度は私はドラマーとして入って、Fiddle2というバンドを作りました。そのバンドにはノリヤのジャズ研仲間もいたので、管楽器の何人かいるジャズ・ロック・バンドでした。一回きりのライブのバンドでしたが、このときに演奏した曲は後のMSNのOr Lots of Squares、METROPOLICANなどがあった気がします。

そんなわけで、次回はマヒマヒ登場です。
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2013年06月04日

ブログだし

これってブログだし、今回は日記っぽく起きたことを後から書くことにしようと思います。ライブの告知や好きな音楽の話などを書くのも自然かと思いますが、ブログってやっぱり日記っぽいほうがいいかなぁと思うよね。それに日記っぽく写真とかたくさん載せて・・・と思って書こうと思ったんだけど、今日はジェネシスのビデオ見てただけだし、先月は色々あったので先月のことを書きます。こういう場合って月記っていうのかね?

先月は、いきなり10日からですが、10日から16日まで合宿レコーディング!ずっとベース弾いて、酒のんで、充実した生活をしてました。で、17日は東京帰ってEP-4のリハ、初めて楽器の数がソコソコ揃う・・・次の日はリキッドルームでオールナイトのEP-4のライブ、初めて一応全員メンバーが揃う!そんで、その時の写真がこちら。
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ただの私のエフェクターです。メンバーの写真とか勝手にアップしたら怒られるかなぁと思って・・・。ライブの写真はライブをやってたので撮れないし。ちなみに久々にジャズベースでライブしました。そして久しぶりにツナ缶(右端)のエフェクターを使いました。昔HARCOやSPOOZYSで使ってたやつです。で、その次の日は買い物して、次の日は京都にリハーサルに。
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メンバーの写真をアップするとマズイかな、とか言っておきながら、メンバーの写真をアップしちゃいます。なんかイイ写真だしwキーボードの家口さんとドラムの千住くん、爽やかに日向ぼっこしてる写真です。そして、次の日がEP-4、KBSホールにてライブ。その時の写真がこちら。
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そう、この二日前にエフェクターボードを買いに行ったので、ボードにまとまってます。そして、GUYATONEのタッチワウ(WR2 Wah Rocker)が増えてますが、これは使ってません。どういうことかというと、ツナ缶(タッチワウ)を改造(?)して、電池のところに無理やり9Vのケーブルをくっつけてパワーサプライから給電出来るようにしたので、壊れたりしたらマズイと思い、予備でGUYTATONEを持っていったのでした。まぁ、問題なくツナ缶が動きましたが。

そして、ライブ当日のステージ上手ギター陣をステージ下手から撮影しのがこちら。
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左がYOSHITAKE君、奥のギターを持ってない人が田畑さんです。田畑さんとは京都のリハで会うなり「自分(オマエ)、なんでここにおるん?」「あ、ベース弾くんです、よろしくです・・・」「え?ベース?」という、まぁ、あたりまえのような、意外なような会話を繰り広げてしまいました。ちなみに、ライブの楽屋に、
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これ、弁当のことなんですがEP-4様10って書いてあるのを見て、EP-4、10人もいるのか!と気づきました。それより、これってヨン様っぽくない?ってことのほうが気になりますが。

そして、EP-4のライブの後は一日あけてソウル・アイランダーズのリハ、そして、ライブ2days!しかもカバー曲、約18曲!(実際何曲やったのかわからない・・・)そして、急にまたベースをEB-3に戻したので、弾きづらい!!!ストラップが長い!そして、馴染みのある曲を別のキーで演奏するのは気持ち悪い!オーティス・レディングのドック・オブ・ザ・ベイをB♭のキーで演奏したのですが、時間もなかったのでオリジナルのGキーで採譜した楽譜を見ながら弾くという・・・もう、最初からパニックなので、そんなこと気にならないっていうか・・・。
編成はボーカル+鍵盤にカフカ、もう死んだ人たちのメンバー全員、それにサックス、トランペット、ハーモニカ、1日目はモールスのメンバーも入っての・・・これまた合計何人いたんだ?ってなライブでした。でも、もう死んだ人たちのメンバーでシカゴとかビートルズとか、マービン・ゲイなんかを演奏するという、とてもレアなライブで、とても楽しかった。

という、5月でした。結構充実してたんだけど、やったことを書くと少ない・・・でも、かなりベース弾きました。
posted by pseudo_studio at 01:33| Comment(0) | 日記